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2026.10.26

アンナ・アトキンス、深遠な青の世界。


Anna Atkins(アンナ・アトキンス 1799年3月16日-1871年6月9日)
アンナ・アトキンスの絵本を見た事があります。彼女はイギリスの植物学者であり世界発の女性写真家でした。彼女の作品はどれも青い世界観で見る者を引き込むような畏敬の存在です。彼女の生まれた時代背景として1800年代(19世紀)のイギリスは産業革命が勃興しており、ヴィクトリア女王の治世が続く世界でした。ただ当時のヨーロッパでも男尊女卑の時代で当時として女性が科学や芸術を学ぶのは珍しい世の中でした。

アトキンスは1799年にイングランドのケント州トンブリッジで父ジョン・ジョージ・チルドレン、母ヘスター・アン・チルドレンの元、生まれます。産後の影響から体が回復しない母へスター・アンは1800年に亡くなります。産後命を落とすのは当時としては珍しい事では無かったとも言われております。

父ジョージは当時のイギリスにおいて化学者、動物学者、鉱物学者の第一人者でした。そんな父の影響もありアンナは父親について「父の言動は、すべて真心からのものでした。いいかげんなところはまったくありませんでした。友情にも、科学にも、そして自分の子どもを楽しませることに対しても真剣でした。何もかもに、“アモーレ”(イタリア語で「愛」)がこめられていました。」と残しています。

彼女が描いた貝の詳細な版画は、父親が翻訳した「Genera of Shells」の挿絵に使われた事もありました。

1825年、彼女はロンドンの西インド貿易商で、後にケント州長官になるジョン・ペリー・アトキンスと結婚します。彼女はこの頃から植物採集に魅了されていきます。彼女は1839年40歳の時、ロンドン植物学会の会員になります。

この頃、父と夫の共通の友人、発明家で写真のパイオニアと言われたウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットを紹介されます。彼より写真の撮り方、「フォトジェニック・ドローイング」技法(感光紙の上に物体を置いて太陽光にさらして画像を生成する技法)ここでカメラについて学びます。

また、1841年、イギリスの「藻類マニュアル」。1844年「自然の鉛筆」の書籍に彼女の写真が掲載されます。1843年から1853年の間に「英国藻類の写真」を合計3巻を出版します。

 


ただ、現存するのはわずか17部のみで、ロンドン大英図書館やアメリカ、メトロポリタン美術館など、世界各国の美術館、博物館にコピーが貯蔵されているのが確認できています。ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の図書館には、版画など、数多くのオリジナル作品が所蔵されています。また本人はその多くの作品のモデルとなったシダ類や藻類を大英博物館へも寄贈しています。

この後、彼女は1871年にアメリカ、ハルステッド・プレイスで「麻痺、リウマチ、衰弱」により72歳でこの世を去ります。

彼女の功績は作品も去ることながら、1800年代の男尊女卑の世界観で女性が研究者として社会に認められる事の難しさがあると思います。2025年アメリカ人の詩人、ジェシー・ランドールは女性科学者についての詩集、「抵抗への道」の中で、アトキンスへの賛辞を称えています。

秋の大規模展覧会「OCEAN」(2024年)に関連して出版された、アンナ・アトキンスの作品「サルガッサム・プルモサム 1843~1853」を描いたルイジアナ美術館のポスターです。シイアノタイプ(青写真。日光写真とも呼ばれる)は、19世紀の半ばに生み出されながら、現代ではほとんど使われなくなっていた、写真の原点といえる素晴しい印画技法です。彼女の作り出す青の世界と生き方をポスターで表現しています。

 


営業部/本多