お知らせ
2027年はレイモン・サヴィニャック生誕120周年。「アンスティチュ・フランセ」100周年、「パリ日本文化会館」開館30周年という記念すべき年。

フランスのポスターといえばレイモン・サヴィニャック( Raymond Savignac)。彼の絵は誰でも一度は目にした事があるのでは無いかと思います。
弊社ではアイトーさんからサヴィニャックのテーブルウェアを販売しており、2024年パリオリンピックの時は大変売れた事を記憶しております。
2024年パリオリンピックの時には ”レイモン・サヴィニャック” ブームが到来しましたが、2027年はレイモン生誕120周年、同時に「アンスティチュ・フランセ」100周年、「パリ日本文化会館」開館30周年という日本とフランスにおける芸術、文化の交流がある年です。
2024.05.22 パリオリンピックにちなんで レイモン・サヴィニャック
※アンスティチュ・フランセ(Institut français)は、フランス政府が世界中で展開るす公式の文化機関です。フランス語の教育や普及、そして日仏文化交流を目的としており、日本国内では東京、横浜、関西、九州、沖縄などに拠点を持ち、語学講座やフランスの芸術・文化イベントを提供しています。
※パリ日本文化会館、パリ Émile Anthoine Stadium 近くに日本とパリの文化交流を目的に1997年の開館以来、海外で最大規模の日本文化発信拠点として、日仏・官民共同で、文化と芸術の都パリから日本文化の発信を行っています。

レイモン・サヴィニャック(Raymond Savignac)
レイモンは1907年、パリに生まれます。両親はグラシエールという街で小さなレストランを営んでおりました。
ところが1914年、第一次世界大戦勃発。父は招集され母は軍事工場へ働きに行く事になります。1918年終戦、1920年レイモンは中学生、この頃、両親は再びカフェを始めます。レイモンは学校が好きになれず自転車競技に没頭します。
1923年、16歳の時パリ地域公共交通公団の図案画工となり、夜学で工業デザインを学び、デザインの道へ進むことになります。
1925年に、ロベール・ロルタック広告アニメーション映画工房に入社すますが、1927年兵役に従事する事になります。1年半の兵役を終えると,、再び、ロルタックのスタジオに戻ります。
その後、アリアンス・グラフィック社を訪れアドルフ・ムーロン・カッサンドルに自分の作品を見せたところ、その場でカッサンドルのアシスタントとして採用されるます。カッサンドルの元での仕事はサヴィニャックにとって最初の転機となり。1938年、モンルージュのドラジェール兄弟印刷所にポスター下絵師・図案家として入社する事になります。
ところが1939年、第二次世界大戦の宣戦布告と同時に召集され。1940年、従軍休暇中にマルセル・メルシエと結婚すします。休戦中にサヴィニャックはパリに復員する事になります。

その後のレイモンはコンソーシアム社に入社し広告の仕事をします。同時にアルジャンヴィックとも仕事をしますが、コンソーシアム社を解雇され、その後点々とします。
この後、広告ポスター画家としてライジングしていきますが、きっかけは自伝で記載があります。
ロレアルの創業者ウージェンヌ・シュエレールは、サヴィニャックの描いたモンサヴォン石鹸の牝牛の絵を発見し、自社の広告に採用します。このポスターにより、サヴィニャックはポスター作家として一躍脚光を浴びる事になります。サヴィニャックは自伝で、「私は41歳の時、モンサヴォン石鹸の、牝牛のおっぱいから生まれた」と語っています。
1950年代から1960年代にかけて、サヴィニャックの最も有名な作品が次々と生まれます。
エールフランス、ミュシュラン、ペリエ、ダンロップ、シトロエンなど名だたる企業のポスターを手掛けます。1961年、ビックのマスコットや日本でも森永やサントリー、豊島園のポスターなどのデザインも作成します。
1960年代、この頃から絵のポスターから写真のポスターへと世の中が移り始めます。

1979年、72歳の時、一家でノルマンディー地方のトゥルーヴィルに移り住みます。
1986年、「ポスターの舞踏会 (Bal des Affiches)」がトゥルーヴィルのカジノで開催。
1993年、には回顧展「トゥルーヴィルにおけるサヴィニャック (Savignac à Trouville)」が市立モンテベロ美術館で開催され、館内には「サヴァニャックの間」が特設されます。また同年、トゥルーヴィル市のロゴマークデザインを作成します。
2001年トゥルーヴィル市はサヴィニャックの功績をたたえ、19世紀後半に造られた砂浜の遊歩道(Planches)を「サヴィニャック散歩道 (Promenade Savignac)」と命名し、彼の手がけた数々のポスターで飾っています。
2002年10月29日、サヴィニャックはトゥルーヴィルで亡くなります。享年94歳。
彼の数々のポスターはシンプルで可愛く、なんとなく懐かしくユーモラスのある絵は、今日ではフランス文化の一部になっています。
©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 E6157
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